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東京地方裁判所八王子支部 昭和58年(ワ)1063号 判決 1984年6月29日

主文

一  被告等は原告に対し各自金八五六万八、四九七円及び内金七五六万八、四九七円に対する昭和五七年一月二八日から内金一〇〇万円に対する同五九年六月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告等の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

被告らは、原告に対し各自金一、五八〇万七、一五五円及び内金一、〇〇〇万円に対する昭和五七年一月二八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

訴訟費用は被告らの負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  事故の発生(以下、本件事故という)

1 日時 昭和五七年一月二八日午前二時二五分ころ。

2 場所 東京都東大和市向原三丁目一〇番地先

3 加害車 事業用普通乗用自動車

(多摩五五い一九六)

右運転者 被告 佐藤邦彦

4 被害者 原告

5 態様 前記場所において、道路を横断歩行中の原告に加害車が衝突したもの。

二 責任原因

1  被告ヤマト交通有限会社(以下、被告会社という)は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条による責任がある。

2  被告佐藤は、現場は住宅街であり自車前方を原告が歩行中であつたのにかかわらず、前方安全を怠り、制限速度時速三〇キロメートルをはるかに上まわる時速約七〇キロメートルで漫然進行し、本件事故を引き起こした過失があるから、民法七〇九条による責任がある。

三 傷病、治療経過等

1  受傷内容

左急性硬膜外血腫及び左前頭蓋底破壊骨折―鼻性血性髄液瘻を伴う脳挫傷。

両側視神経損傷及び上眼窩裂症候群を伴う眼窩重度打撲傷。

顔面打撲・擦過・裂傷。

歯損傷を伴う口腔内裂傷。

左足関節部骨折。

2  治療経過

(一) 昭和五七年一月二八日(事故日)から同年二月一五日まで一九日間、目白第二病院に入院。

(二) 同月一六日から昭和五八年二月五日まで三五五日間、右病院に通院(実日数二四日)。

(三) 昭和五七年二月一七日から同年八月一七日まで一八二日間、防衛医科大学病院に通院(実日数九日)。

3  後遺障害

嗅覚脱失(一二級相当。大阪地判昭五五・九・二九、判例レポート 自動車保険ジヤーナル第三六号No.11)。

昭和五八年二月五日症状固定。

四 損害

1  背広代 金三万五九〇〇円

事故当時着用していた背広損傷による損害。

2  通院交通費 金四万二七六〇円

前記通院のため利用した電車・バス・タクシー代実費。

3  休業損害 金七四万一一八〇円

原告は株式会社日本標準の従業員であるところ、右通院および療養のために有給休暇二七日を使用し、これによつて、当時の年収(昭和五六年)は金六四九万八〇〇〇円であるので一日当り金一万七八〇〇円二七日分合計金四八万〇六〇〇円の損害を被つた(有給休暇の使用を損害と認めた例として、東京高判昭五〇・九・二三、交民集八・五・一三一一)。

原告は前述のように有給休暇二七日間を振替えたが、前記治療のための欠勤により昭和五七年七月に支給された賞与について、金二六万五八〇円を減額され、同額の損害を蒙つた。したがつて、原告の休業損害は金七四万一一八〇円である。

4  後遺障害による逸失利益金 金一三〇七万七三一五円

原告は昭和一六年生れの健康な男子で、株式会社日本標準に勤務していたが本件事故により、前記のとおり嗅覚脱失(一二級相当)の後遺障害が残り、右症状固定時満四一歳から満六七歳に至るまでの二六年間に亘つて労働能力の一四パーセントを失つた。原告の年収(昭和五六年分)は金六四九万八、〇〇〇円であるので、ライプニツツ式(二六年の係数一四・三七五一)で損害現価を計算すると金一三〇七万七三一五円となる。

6,498,000×0.14×14.3751=13,077,315

5  慰謝料

(1) 傷害分 金一〇〇万円

原告は本件事故の結果、前述のような重傷を蒙り意識不明のまゝ病院に搬入され、治療に当つた医師も生命を保障しかねない旨近親につたえ、仮に生命をとりとめたとしても、植物人間になるであろうと診断していた。さいわい、後記後遺障害を留めてふたゝび復職することができたが、前記傷害の程度、治療の経過を考慮すると傷害慰謝料として金一〇〇万円を下らない。

(2) 後遺障害慰謝料 金二〇〇万円

原告は、嗅覚脱失の後遺障害を蒙り、生涯食生活の楽しみを奪われることとなつた。また、現に暑くなると、めまいを頻発し、また好物だつた酒をのむと、激しい頭痛に襲われるなど、日常生活上計り知れない被害を蒙つている。

6  自賠責保険金による填補

原告は、嗅覚喪失の後遺障害によつて、自賠責等級一二級と認定され、訴外安田海上火災保険株式会社より後遺障害保険金二〇九万円を受領したので、同額を控除する。

7  弁護士費用

原告は被告らに対し前記損害賠償請求権を有するところ、被告らが任意に支払わないので原告訴訟代理人らに本訴の提起・追行を委任し、弁護士費用として金一〇〇万円の支払を約した。

五 結論

よつて原告は被告等に対し各前記第四項1ないし5の請求金額合計から同項6の二〇九万を控除した残額一四八〇万七一五五円に同項7の金額を加算した合計一五八〇万七一五五円及び内金一〇〇〇万円に対する本件事故の日である昭和五七年一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告の答弁)

第一項の事実は認める。

第二項のうち被告佐藤に過失があることは認めるが、その余の事実は否認する。

第三項の事実は不知

第四項の事実は不知

第五項は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生

当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  成立に争いのない甲第一号証に原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告会社は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことが認められるから自賠法三条により本件事故につき原告が蒙つた後記第四項の損害を賠償すべき責任がある。

2  本件事故につき被告佐藤に過失があることは当事者間に争いがない。

右事実に前掲甲第一号証及び原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると原告主張の請求原因第二項2の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

三  傷病、治療経過等

原本の存在及び成立につき争いのない甲第一ないし一六号証、成立に争いのない甲二三号証に原告本人尋問の結果を綜合すると請求原因第三項の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

四  損害

1  背広代 金三万五九〇〇円

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二二号証に右本人尋問の結果を綜合すると、原告が本件事故当時着用していた背広が事故のため破損し着れなくなつたため同程度の背広を東大和市内の株式会社忠実屋東大和店で購入したところ三万五九〇〇円であつたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

2  通院交通費 金四万二七六〇円

原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二一号証に右本人尋問の結果を綜合すると、原告は前記第三項の通院のため電車・バス・タクシー等を利用し合計四万二七六〇円の交通費を支出したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  休業損害 金七四万一一八〇円

原本の存在及び成立に争いのない甲第一七号証、成立に争いのない甲一八、一九号証、原告本人尋問の結果により原本が存在し、且つそれが真正に成立したと認められる甲第二〇号証に右本人尋問の結果を綜合すると請求原因第四項3の事実が認められ右認定を覆えすに足る証拠はない。

4  後遺障害による逸失利益金 金六五三万八六五七円

前掲甲第一六号証、前3項認定事実に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和一六年生れの健康な男子で本件事故にあつた昭和五七年一月二八日当時小学校の教材の製造、販売を業とする株式会社日本標準(従業員約二〇〇名)の流通管理部ドリル発送課長を勤め年収六四九万八〇〇〇円であつたこと、本件受傷の結果原告に嗅覚脱失の後遺症が残存したこと、目白第二病院において、原告の右後遺症は昭和五八年二月五日症状固定し、しかも将来回復の可能性はないと診断されていること、自賠責保険の関係では、右症状は後遺障害別等級表一二級に相当するとの認定を受けていること、原告の職種は事務職であり仕事上特に嗅覚を必要とするものではないので、右後遺症の存在により、減給、配置転換等の措置は受けていないことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によると前記嗅覚脱失の後遺症は現実には原告に収入減の損害を与えていないが、前掲甲第一六号証、成立に争いのない甲一九号証に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は右後遺症により味覚についても変調をきたし、甘味以外は味覚が失われ、本件事故前は好きであつた酒も飲めなくなつたこと、現に勤務する日本標準の定年は満五五歳であり、定年退職後は嗅覚脱失の後遺症により従事できる職種が制限されることに著しい不安感をもつていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで嗅覚、味覚は人間にとつて重要な機能であり、それを失い或は変調を来たすと、その日常生活で食生活の楽しさを失い健康に影響を及ぼすだけでなく、情緒不安定となり、飲食を共にすることによりつちかわれる人間関係も制限され、公私上の生活に支障をきたすことは経験上明らかである。

そして原告が日本標準を退職後は嗅覚、味覚を必要とする職種には就労できず、その労働能力が一般人にくらべ減退することは容易に推測される。

原告が以上の機能的障害をその努力により克服し、本件事故前と同様の収入を挙げ得たとしても、これをもつて原告の労働能力に影響がなかつたとはいえない。

以上の諸般の事情を綜合すると原告は前記後遺障害のため、その労働能力を七パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

原告の就労可能年数は症状固定日から原告主張のとおり控え目にみても二六年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益をライプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、六五三万八六五七円となる。

算式(六四九八、〇〇〇×〇・〇七×一四・三七五一=六五三八、六五七円)

5  慰謝料

(1)  傷害分 金一〇〇万円

前掲甲第二号証に原告本人尋問の結果並びに前記第三項認定事実を綜合すると原告は本件事故の結果左急性硬膜外血腫及び左前頭蓋底破壊骨折―鼻性血性髄液瘻を伴う脳挫傷等前第三項認定のような重傷を負い、意識不明のまゝ病院に搬入され、治療に当つた医師も、生命を保障しかねない旨近親につたえ、仮に生命をとりとめたとしても、植物人間になるであろうと診断したこと、幸い手術が成功し一九日間の入院で退院したが、その後昭和五七年二月一六日から同五八年二月五日までの間通院治療し(実通院日数三三日)たことなどの経過を考慮すると、その傷害慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(2)  後遺障害慰謝料 金一三〇万円

原告本人尋問の結果によると、原告は嗅覚脱失の後遺症により、生涯食生活の楽しみを失い、立ち仕事をするとめまいを感じ、好物であつた酒をのむと激しい頭痛に襲われるなど、日常生活上多大な不自由を味わつていることが認められる。

右事実を考慮するとその後遺障害慰謝料は一三〇万円が相当である。

6  自賠責保険金による填補 金二〇九万円

原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると原告は、嗅覚喪失の後遺障害によつて、自賠責等級一二級と認定され、訴外安田海上火災保険株式会社より後遺障害保険金二〇九万円を受領したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

7  弁護士費用

原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、被告等が任意に本件事故による損害賠償金を支払わないので、原告は原告訴訟代理人等に本訴の提起、追行を委任し、弁護士報酬として認容金額の一〇パーセントの支払を約束したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

そして原告主張の一〇〇万円の弁護士報酬額は本件事故の態容、損害額に照して相当である。

五  結論

よつて原告の被告等に対する本訴請求は、被告等に対し各自前記第四項1ないし5の請求金額合計九六五万八四九七円から同項6の二〇九万を控除した残額七五六万八四九七円に同項7の金額を加算した合計八五六万八四九七円及び内金七五六万八四九七円に対する本件事故の日である昭和五七年一月二八日から、内金一〇〇万円に対する本判決言渡の日である昭和五九年六月二九日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元吉麗子)

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